大判例

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東京地方裁判所 昭和26年(ワ)5519号・昭24年(ワ)4660号 判決

原告 大倉和親

被告 賀彩琴 外四名

一、主  文

被告等は原告に対し、東京都中央区日本橋通一丁目四番地の一宅地四十五坪五合一勺上にある家屋番号同町四番の二十三、木造瓦葺二階建店舗一棟建坪十坪七合五勺二階十坪七合五勺より退去し且該家屋を収去してその敷地十一坪を明渡せ。

被告賀彩琴は原告に対し昭和二十三年三月十六日以降前項の明渡が済むまで一ケ月二百二十円の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告等の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は主文第一乃至第三項と同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

「東京都中央区日本橋通一丁目四番地の一宅地四十五坪五合一勺(以下本件土地と略称)は原告の所有に係るものであるところ、中国浙江省鎮海県にその籍貫を有する中国人訴外賀宝栄は本件土地上に家屋番号同町四番の二十三木造瓦葺二階建店舗一棟建坪十坪七合五勺二階十坪七合五勺(以下係争家屋と略称)を所有して居たが、同人は昭和二十三年五月二十日死亡したので被告賀彩琴は妻として、爾余の被告は子として中華民国民法の規定によつて共同相続し係争家屋を共有するに至つたものであり、且被告等は係争家屋に居住して係争家屋の敷地十一坪(以下係争地と略称)を占有して居るので、原告は本件土地の所有権に基き被告等に対し係争家屋より退去し且これを収去して係争地を明渡すべきことを求めると共に被告賀彩琴は何等正当の権原を有しないことを知り乍ら、昭和二十三年三月十六日以降係争地を占有し、以て原告に対し係争地の相当賃料である一ケ月二百二十円に相当する損害を蒙らしめて居るので、原告は同被告に対し昭和二十三年三月十六日以降係争地の右明渡が済む迄一ケ月二百二十円の割合による損害金の支払を求めるものである。」と述べ、

被告等の抗弁事実を全部否認した。<立証省略>

被告等訴訟代理人は、「被告賀秀玉、賀秀起、賀勝江、賀玲秀に対する訴を却下する」との判決を求め、右被告等は何れも未成年者であり、賀彩琴が右被告等の母ではあるが被告等はすべて中国浙江省鎮海県に籍貫を有するものであつて、賀彩琴が右被告等の法定代理人なりや否やは不明である。」と述べ、

更に本案について請求棄却の判決を求め、

「原告主張事実中、本件土地が原告の所有であること、賀宝栄が中国浙江省鎮海県にその籍貫を有し、本件土地上に係争家屋を所有して居たが、昭和二十三年五月二十日死亡したこと被告賀彩琴が賀宝栄の妻であり、その余の被告等が賀宝栄の子であること、被告等が係争家屋に居住して係争地を占有して居ること被告賀彩琴については同被告が昭和二十三年三月十六日以降係争地を占有して居ること、係争地の相当賃料が一ケ月二百二十円であることは認めるが、その余の事実は争う。賀宝栄は中国浙江省鎮海県にその籍貫を有するものであるから同人の相続関係については何人が相続したか不明である。」と述べ、

「原告は昭和二十一年五月頃訴外米沢秀雄に対し、転貸をなし得る旨の特約の下に係争地を含む四十坪五合二勺を賃料一ケ月千五百円毎月末日払の約で賃貸したが、その後米沢秀雄は原告の承諾を得て係争地を訴外邱栄川に賃料一ケ月四千円毎月末日払の約で転貸したところ昭和二十二年九月訴外邱乾台において邱栄川より係争地の転借権を譲受けその転借地上に係争家屋を建設所有するに至つたが昭和二十三年二月二十日賀宝栄は邱乾台よりその係争地の転借権並に係争家屋を譲受け同年三月改めて米沢秀雄より係争地を賃料一ケ月七百円毎月末日払の約で転借したものである。

仮に右主張が認められないとしても米沢秀雄は昭和二十一年五月頃原告より本件土地の管理を委託されたか少くとも原告が本件土地を必要とするに至る迄、一時第三者に本件土地を使用せしめ得る権限を附与されて居たので、賀宝栄は昭和二十三年三月米沢秀雄との契約により原告から係争地を賃料一ケ月七百円毎月末日払の約で賃借したものである。

右の如く賀宝栄は正当なる権原を有して居たものであり、被告賀彩琴は同人の妻たりしものとしてその余の被告等はその子として正当なる権原に基き係争地を占有するものである。」と抗弁した。<立証省略>

三、理  由

先ず被告賀秀玉、賀秀起、賀勝江、賀玲秀の訴訟行為能力の有無について考える。法例第三条によれば人の能力は原則としてその者の本国法によつて定められることになつて居るから、右被告等の本国法は如何なる国の法であるかが問題となり、その為には右被告等の国籍が先ず決せられねばならない。この点について右被告等が中国浙江省鎮海県にその籍貫を有することは当事者間に争がない。処で現在の中国は事実上台北に在る所謂中華民国国民政府と、北京に在る所謂中華人民共和国政府とに分裂し、対立抗争を続けて居るのであるが、我国としては中華民国国民政府を中国に於ける正当政府としてこれを承認(但しその地域的範囲は問題がある)し、昭和二十七年四月二十八日中華民国との間に「日本国と中華民国との間の平和条約」を締結し、同平和条約は同年八月五日発効するに至つたことは公知の事実である。その平和条約第四条によれば「千九百四十一年十二月九日以前(昭和十六年十二月九日以前即ち今次太平洋戦争勃発前)に日本国と中国との間で締結されたすべての条約、協約、協定は戦争の結果として無効となつたことが承認され」たのであるから現在日本国としてある人が中国の国籍を有するや否やを決するには、右平和条約の定むる処により、中華民国国民政府の下に施行されて居る法令によるべきこととなる。処で同条約第十条は同条約の適用上中国の国民たるものを定めて居りその要件は個人については「台湾及び澎湖諸島のすべての住民及び以前にそこの住民であつた者並びにそれらの子孫で台湾及び澎湖諸島に於て中華民国が現に施行し又は今後施行する法令によつて中国の国籍を有するもの」となつて居る。従つて現在日本国に関する限り、ある個人が中国の国籍を有するや否やは右の要件に従つて判断しなければならない訳であるが、前示四名の被告等は中国浙江省鎮海県にその籍貫を有すると言うだけであつて、同被告等が以前に台湾及び澎湖諸島の住民であつた者か若くはその子孫であるとの事実並びに同被告等が中国の国籍を有するものと認むべき中華民国の台湾及び澎湖諸島に施行して居る法令の存在を認むべき証拠は一つもないから現在の我国に於ては同被告等が中国国籍を有するものと認めることができない。右の如く同被告等は中国浙江省鎮海県にその籍貫を有しながらなお中国国籍を有するものと認められず、又同被告等が中国以外の他の国の国籍を有するものと認むべき証拠のない本件に於ては同被告等は法律上はこれを無国籍人として取扱う外はないわけである。従つて同被告等の本国法は法例第二十七条第二項を適用してこれを決することになる訳であるが、成立に争のない甲第六号証によれば同被告等は日本国東京都中央区に住所を有するものであることが認められるから日本法が同被告等の本国法と看做されることになる。然して同被告等がいずれも二十年未満の者であることは当事者間に争がないから日本民法第三条日本民事訴訟法第四十九条本文により同被告等はいずれも訴訟行為能力を有せざるものと言うべきである。

前述の処からして同被告等は法定代理人に依つてのみ訴訟行為を為し得る。そこで次に同被告等の法定代理人が何人であるかについて考える。同被告等の父賀宝栄が昭和二十三年五月二十日死亡したことは当事者間に争のない処であるから法例第二十条後段により右被告等の母であることについて当事者間に争のない賀彩琴の本国法により賀彩琴と同被告等の親子関係が決せられる訳であるが賀彩琴の本国法については同被告等の本国法について説示したと同一の理由によつて日本法が賀彩琴の本国法と看做されるから、賀彩琴と同被告等の親子関係は日本民法によつて定まることになる。それ故日本民法第八百十八条第三項但書により賀彩琴が同被告等の親権者として同被告等の法定代理人であると認められる。

被告等訴訟代理人は賀彩琴より他の被告四名の母として訴訟委任を受けながら賀彩琴の法定代理権を云為して前示四名の被告に対する訴を不適法であると主張するけれども(この主張は自ら自己の訴訟代理権を否認する主張となる。)賀彩琴に他の被告等の法定代理権がないからと云つて、訴が不適法となるわけはない(特別代理人の選任等が考えられる。)のみでなく、すでに説示した通り賀彩琴の法定代理権は肯認できるものであるから本件訴は却下さるべきものではない。

よつて更に進んで本案について考える。

本件土地が原告の所有であること賀宝栄が本件土地上に係争家屋を所有して居たが昭和二十三年五月二十日死亡したこと、被告賀彩琴が賀宝栄の妻であつたことその余の被告等が賀宝栄の子であつたこと、及び被告等が係争家屋に居住して係争地を占有して居ることは当事者間に争がない。そこで賀宝栄の相続関係について見るに、法例第二十五条によれば、相続は被相続人の本国法によることとなつて居るが賀宝栄が中国浙江省鎮海県にその籍貫を有するものであることは当事者間に争がなく被告賀彩琴に対する本人訊問の結果によれば、賀宝栄は日本国内に住所を有して居たものと認められるから、被告賀秀玉、賀秀起、賀勝江、賀玲秀の訴訟行為能力について述べたと同様の理由により、日本国法が賀宝栄の本国法と看做されることになるから、賀宝栄の相続関係は日本においては日本民法により決せられる訳である。よつて日本民法第八百八十七条、第八百九十条により賀宝栄の妻であつた被告賀彩琴と賀宝栄の子であつたその余の被告等とが賀宝栄を共同相続したものと言うべく、従つて被告等は係争家屋を共有し、この点においても係争地を占有して居るものと認められる。

そこで次に被告等の抗弁について検討する。

被告等は米沢秀雄が昭和二十一年五月頃原告より本件土地を賃借した旨主張するが、右賃貸借契約の存在を認むるに足る証拠は一つもないばかりか、却つて証人園田康(第一、二回)、米沢秀雄の各証言を綜合すれば、被告等主張の右賃貸借契約のなかつたことが認められる。(尤も右証人米沢の証言中米沢が係争地を原告において必要とするまで使用することにつき園田康の了解を得た旨の供述があるけれども、園田が右了解を与えるにつき原告の代理権限をもつていた証拠はないし、右供述も到底信用の措けないものである。)従つて原告対米沢間に係争地の賃貸借契約の存することを前提とする被告等の抗弁は採ることができない。

次に被告等は昭和二十一年五月頃米沢秀雄が原告から本件土地の管理を委託されたか少くとも一時本件土地を第三者に使用せしめ得る権限を与えられたと主張するが、成立に争のない乙第一号証は、米沢秀雄が邱乾台の係争地上の家屋建築許可申請に際つてその申請書に本件土地の所有者又は管理人と称して署名して居る事実を認める資料となるだけであつて、原告が米沢秀雄に何等かの管理権限を与えた事実を認むる資料とは云い難く、その他に被告等の右主張事実を認むるに足る証拠はないので被告等のこの点の抗弁も理由がない。

従つて原告が本件土地の所有権に基き、被告等に対し係争家屋より退去し且これを収去して係争地を明渡すべきことを求める請求は正当であるからこれを認容する。

次に本件土地が原告の所有に属するものであり且被告賀彩琴が昭和二十三年三月十六日以降係争地を占有して居ることは当事者間に争がない。ところで、凡そ他人の所有地を占有する場合、その占有について正当の権原を有することの証拠がない限り、その占有は不法なものと推定するのを相当とするところ、被告賀彩琴が係争地を占有すべき正当なる権原を有するものと認められる証拠がないことは前述の通りであるから、同被告の係争地の占有は不法なものと推定しなければならないし、又右不法占有の事実は被告賀彩琴において取引上一般に必要とされる注意を怠らなければ少くとも知り得た筈のものであつたと推認されるから、被告賀彩琴は少くとも過失によつて、係争地を不法に占有し、よつて右土地に対する原告の所有権を侵害して係争地の賃料相当の損害を与えているものと云わなければならない。然して係争地の相当賃料が一ケ月二百二十円であることは当事者間に争がないのであるから、原告は被告賀彩琴の係争地の占有により右同額の損害を蒙つて居るものと認められる。よつて被告賀彩琴に対し、昭和二十三年三月十六日以降前記係争地の明渡が済む迄一ケ月二百二十円の割合による損害金の支払を求める原告の請求も正当であるからこれを認容する。

以上判示の通りであるから訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して被告等の負担とし、仮執行の宣言についてはこれを附することは相当でないと認められるからその申立を棄却することとし、主文の通り判決する。

(裁判官 毛利野富治郎 北村良一 山田尚)

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